虚像の君に恋をして

リアルな世界に夢を見る日々

6年間拗らせた“うまく言えないサヨナラ”にやっと終止符を打った話

元赤西担の私が亀梨担の姉と共に仁の“ソロ魂”に“初参戦”して

7月からスタートした“JIN AKANISHI Live Tour 2016 -Audio Fashion-”のオーラス、9/23の国際フォーラム公演に行ってからちょうど2ヶ月以上が経った。

彼が独立して初めて行ったソロコン、初めて目にする、KAT-TUNを脱退して一人で活躍する彼の姿…純粋に感動したと同時に、思うこと、考えさせられることもたくさんあって、公演が終わって家に帰っても、サイリウムの光が消えきるまで姉と感情を吐き出し合った。
その内容を、そして初めて冷静に向き合った仁への感情を簡単に忘れてはいけないと思い、未来の自分のために記録として文章に残しておこうと思う。(と言いながらなかなか言葉に出来ずこんなに時間が経ってしまったのたが)

 

姉に「仁のソロコン、私行くつもりだけど一緒に行く?」って誘われたとき、2日間の猶予をもらって悩んだ。普段だったら現場に行くか迷うことなんてほとんどない。行ける現場には全て行きたいし、行くべきだと思っているから。ただ、私が仁コンに行くことに躊躇い、迷ったのには理由がある。

私はごくせん(の再放送)で仁を好きになった永遠の新規だ。*1彼は私が初めて好きになったジャニーズであり芸能人だったし、まだ若かった私は盲目的に彼を好きになってしまった。(今考えればあれは“リア恋”だったのだろう)その反動からか、彼がKAT-TUNを脱退してから、私は彼をそしてKAT-TUNを追うことをパタリと辞めた。追うことを辞めたというより、脱退したという事実を受け入れられられずにいて、KAT-TUNでない仁を、そして仁のいないKAT-TUNを拒絶し、傷を埋めるように他のグループを追いかけるようになった。(その結果気づいたら今の事務所担の姿にたどり着いいてしまった)

そしてこの6年間、彼のソロの姿を見たことは無かったし楽曲も追ってこなかった。音楽だけではない。彼の顔も声も、画面越しにでもこの6年間一度も触れてこなかった。私の中の赤西仁の記憶は6年前の脱退以前までで封印されていて、私の中の仁の時計の針は6年前で止まったままだったのだ。

そんな状態だったから、行く!なんて即答できなかった。会いたい気持ちは山々だったが、ずっと目を背けてきたわけだし、空白の6年間の彼の活動も楽曲も何も知識のないまま行っていいのだろうか?と思ったからだ。けれど10周年目に充電期間を迎えた3人のKAT-TUNを見て、そろそろソロの仁を、今のKAT-TUNを受け入れなければいけない気がして行く決意を固めた。 

とは言ったものの、6年ぶりに見る彼の、ソロで舞台に立つ姿を果たして受け入れられるだろうか、見ていられるだろうか、という不安の方が大きくて、コンサート前も特有のワクワク感なんて一切なかった。フォーラムに近づくにつれて心臓の動悸と足の震えは加速し、現地で待ち合わせていた姉に「既に泣きそう気分悪い吐きそう」ってLINEする程私の精神状態は不安定だった。コンサート前にそわそわするのはいつもの事だが、あんな風になるのは初めてだった。

 

……楽しみよりも不安が大きい中迎えたライブ。案の定OP映像が流れた瞬間息が出来なくなり、舞台上に彼が登場して歌声を聞いた瞬間に6年間溜め込んできた色んな思いが涙となって溢れた。それからしばらくは涙が止まらず、サイリウムを握りしめたまま茫然と立ち尽くした。涙で滲んだ視界の先には、ずっと大好きでずっと会いたかった仁が居た。 (泣きすぎて隣のおばさまに怪訝な顔されたけど、MCで「ソロになってから初めてライブに来てくれた人~」っていう仁の言葉に手挙げてから、何かを察したように頷き、温かい眼差しを向けてくださった)

が、私の瞳に映ったのは私の知らない彼の姿だった。

派手なセットの中で派手な衣装を身につけ、歌いながら踊ったりちょっと気怠そうにポーズとったり、満面の笑みでメンバーと絡んでファンサしてみたり…私の知っているそんな仁はどこにも居なかった。白いライトに照らされて広いステージの上で一人マイクを持つ彼の姿に、私の堕ちたアイドル“KAT-TUN赤西仁の面影は一切無かった。代わりに居たのは、音楽と演出を武器に自らの世界に引き込む“アーティスト”としての“JIN AKANISHI” だった。

とめどなく流れた涙の明確な理由は自分でもよくわからない。ただひとつだけ言えるのは、KAT-TUNでない場所で輝く仁への怒りの涙ではないということだ。確かに、もうアイドルじゃないんだなって突きつけられた寂しさや痛みはあったけど、ずっと抱えていたはずの、この選択をした彼に対する恨みのような負の感情はどこかに消えていた。
その代わりに、これが貴方のしたかったことなんだね、こんな素敵な世界を見せてくれてありがとう、って素直に思えた。

もし、仁がもっとアイドル的な生き方をしていたら話は別だったと思う。山Pの生き方は彼の生き方として素敵だと思うし否定しているわけではないけど、もし仁がジャニーズを辞めた上でアイドルの延長線のような、山Pのようなパフォーマンスをしていたら-しかも未婚のままだったら-こんなにスッキリ彼の選択に納得することは出来なかったと思う。なんで辞める必要があったの?KAT-TUNじゃできなかったの?って思っただろう。ただ、今の彼にアイドルの面影は一切なかったから。芸能人の妻との間に子供を持ち、俳優の友人とノリでユニットを組んでしまうような、ジャニーズでは出来なかった自由な生き方をしているからこそ、過去の彼の選択を受け入れることができたのだと思った。

そして、コンサートを中にふと浮かんだ考えがある。それは仁はKAT-TUNを“脱退”したのではなく“卒業”したんだ、ということだ。

女性アイドルがグループを抜けるときに使われるのは“脱退”ではなく“卒業”という言葉だ。それは、女子ドルの場合『アイドル』という職業が終着点ではなくて自分の夢を叶える通過点でしか無いことを意味している。
やりたいことを成功させている舞台を見て、仁は女子ドルの成功例だなって思った。彼にとってジャニーズは自分の夢を叶えるための下積みで、KAT-TUNは自分の夢を叶えるための通過点だったんだな、って。KAT-TUNじゃなくなってよかったなんて決して思えないけど、彼の中にKAT-TUNが消えた訳じゃない。今の彼がKAT-TUN時代が無駄だったなんて決して思ってないと思うし、ろくーん時代をタブーなものにする必要はないんだって、我々のKAT-TUNの記憶から仁を消す必要もないんだって、今のキラキラした仁を見たらそう思えた。

そう思ってからは、純粋に彼の作り出す世界観に身を投じてコンサートを楽しむことができた。アイドル的要素は見られなくても、やはり変わらない歌声とか笑顔とかオーラとか茶目っ気とか、そんな“昔”の面影を残しながらも“今”を輝く仁を素直に応援することができた。

ただ、そんな感情を持ちながらも、コンサートを終えて抱いたのは「仁のファンとして今後追おう」というものではなく「仁への未練が吹っ切れた」という感情だった。

けどね、けど、だからこそ、仁にサヨナラ言えた気がする。好きだよ?これから先も変わらずずーっと好き。応援する。けど、FC入って“Jip'sです”って乗れるほどのファンにはなれないなって思った。なんだろ、 やっぱりアイドル赤西仁に堕ちてるからアーティスト赤西仁への接し方がわからないんだよね私。 アイドル、ジャニーズ っていう肩書きを背負った仁を好きになったし、きっと今追ってる色んな他の人達もジャニーズでありアイドルであるっていう事実が前提にあるから好きなんだよね。だから、アイドルを追うのと同じ熱量で今の彼を追うことはできない。ただ、 KAT-TUN赤西仁への想いは全部ふっきれたし、アーティストJinAkanishiを受け入れられたのは確か。

これは、コンサート終わりの電車の中で、溢れる感情をとりとめもなく綴った文章の一部だ。考えも思いもまとまってないからかなり滅茶苦茶な文章だが、私の生の気持ちが詰まっている。

これを綴っていた時の私は、もう私は彼のファンは名乗れないな、という寂しさは抱えていたが、同時に心は軽くスッキリとしていた。

なんだろ…引きずり続けていた失恋の痛みがスッと消えた様な…すごく痛い言い方をすれば元カレへの未練が消えて素敵な思い出にできた感じ。

ってコンサート後に呟いているのだけど、今振り返っても思う。ずっと6年間うまく言えずにいたサヨナラをついに言えたんだって。

だから、どんなに迷ってもコンサートに行く選択をして良かったと心から思っている。そのおかげで今の彼を、今のKAT-TUNをやっと素直に受け入れられるようになったから。そして過去のKAT-TUNを否定せずにいられるようになったから。ずっと聞けなかった大好きだったKAT-TUNの曲を、もう一度「やっぱ最高大好き」って思いながら聞けるようになったから。

 

そんな感情を抱いたからこそ、もし私のように心の奥に重たい感情を抱えてる人がいたら、是非一度仁のライブに行って今の彼を見て欲しい思う。確かに辛いし苦しい。けど、帰る時には少しだけ世界が明るく見えるようになるはずだから。

 

 同じような境遇にある人の気持ちを少しでも救えたらいいな、なんて気持ちを込めて、投稿します。

 

最後に・・・
もしどこかで仁にすれ違ったら一言だけ伝えたい。

KAT-TUNとして過ごしてくれてありがとう」

「素敵な世界を見せてくれてありがとう」

「これからもキラキラしてね」

ってね。

 

P.S.  アーティストである仁のライブに対し、サブタイトルにジャニヲタ用語である「ソロ魂」「参戦」という言葉をチョイスしたのは相応しくないことはわかってます。もし不快な気分にさせた方がいらしたら申し訳ないです。ただ、私にとって仁はあくまでも「KAT-TUN赤西仁でしかなかったから、気分は“ソロ魂”への“参戦”だったの。もうアイドルではない事実はわかってても、やっぱり私にとって仁はアイドルだから、という思いを込めてあえてその様な言葉を使わせてもらいました。

 

5000字弱の長文に目を通してくださりありがとうございました。

 

※ちなみに、一緒に参戦した亀梨担の姉のブログです。同じ時期に好きになったのに、同じ公演を同じ場所から観ていたのに、涙の理由が、感じた内容が、あまりに違ったから驚いた。もしよければ比較してみてください。

 

 

 

esnkj.hatenablog.com

 

*1:ごくせんきっかけの仁亀ファンが爆発的に増え、以前からの古株さんが新規を揶揄して『ごく出の赤西/亀梨担は永遠の新規』と言い始めた